事実、ノンフィクション

今週も、ザ・ノンフィクションを見ているわけです。
なぜか、この番組を見ていると、家を建てるということが、どれほど大きいことかと感じるのです。
まぁ、僕なんかは、一視聴者としての域を出ないわけなので、ローンが…とかネガティブポイントしか目にしないわけなんですが。
今でこそ、マンションを城にするという考え方も少なくないと思いますが、なんか、やっぱり、テンションだけで勝負できるもんではないですね。
番組の意図としては、厳しい世の中の現実というよりかは、ある一人の生き様を切り抜いている感じなのではないかなと思いました。
よくよく考えますと、成功者とか華やかな人の「様子」を特集しても、特に得るものはないのではないかと思います。
経営哲学とか、ノウハウとか聞くなら、意味があるのかもしれませんが(もちろん、それが価値ある保証はありません)。
なんか、難しいときというのは、多くの場合、基本的な部分が怪しくなります。
体や心が不調になることもあるでしょう。
著しく資金に困るということもあるでしょう。
大きくすれば、生きることが怪しくなるわけなんですが。
厳しい状況になると、覆っているものがはぎ取られて、シンプルになる一方、極端に防御力が下がるようです。
心のよりどころなんていうものは、おそらくは自然と身を覆っていて、たいがいは心理的なものに思われますが、守ってくれているような感じでしょうか。
普通に考えて、何かしら貧しいときにシンプルになるもんですから、番組としては、そういう構成になるというわけですね。
主題歌である中孝介『サンサーラ』。も秀逸です。
なんか、生きることを考えさせられますね。
それこそ、生きることを考えるという意味では、この現実を見るのはいいのかもしれません。

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