自分に合う形態と完成度

今週の土曜日から、銀の匙の実写映画が公開になりますね。

たぶん見に行きません。

僕の友達と、日本の農業について語り合った際、「銀の匙のアニメを見て、マンガでいいと思った」みたいな発言をその友達がしていました。

僕はですね、マンガを読む習慣がほとんどないこともあり、“マンガには興味ないけど、アニメをなんとなく見ている”って感じです。

俺って、何?

そんな私も、銀の匙に涙するようになりました。

どれだけアニメにハマっとんねん!

果たして映画はどうでしょうか。

僕の場合、アニメ2期分の時間と展開を積み立てて得た感動があるのだけれど、それに加えて映画がいい作用をもたらす感じがしなくてね…

決して、映画のCMの八軒くんに強くこれじゃない感を抱いているわけではありません。決して。

映画は時間が限られるので、特にいろいろな媒体に展開される最近の傾向から、“完全新作”が好まれると思います。

だって、映画で御影さんとのイチャイチャはじっくりできないし、駒場くんの甲子園への道なんてさわることすら困難でしょ。

そう考えると、当然に原作は本流で、アニメはちょうどいいところを抽出した感じてす。
見る側には、都合のいいものなのかもしれません。

そう、都合のよいもの。

私は都合のよい存在。価値がなくなれば捨てられる。

アニメも佳境ですんで、今晩の放送が楽しみです。

それでは~。

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